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3月に入り、空気の中にほんの少しだけ柔らかな温度を感じるようになってきました。冬の名残を残しながらも、確実に春へと向かっているこの季節。街の景色が変わるのと同じように、料理も静かに、でもはっきりと衣替えを始めています。
春は、食材が一気に動き出す季節です。
まずは山の恵み。ほろ苦さが心地いい山菜。ふきのとう、タラの芽、こごみ。冬の間に蓄えた力強さを持ちながら、どこか軽やか。あのほろ苦さは、大人だけが楽しめる春の味覚です。シンプルに火を入れるだけでも香りが立ち、ワインを呼びます。
そしてアスパラ。瑞々しく、甘みがあり、火入れのニュアンスで印象が変わる万能な存在。グリルすれば香ばしさが増し、軽く茹でれば繊細な甘みが際立つ。卵やバターとの相性はもちろん、春の前菜の主役にもなれる食材です。
海の食材も春仕様に変わります。貝類は身がふくらみ、旨味が濃くなってきます。ハマグリ、アサリ、ホタテ。それぞれが持つ潮の香りは、季節の移ろいをダイレクトに感じさせてくれます。白ワインとの相性は言うまでもありません。
青背の魚もこれから面白くなってきます。脂の乗り方が冬とは少し違い、軽やかさの中に旨味がある。特に鰆は、まさに“春を告げる魚”。焼いても、軽くマリネしても美しい。真鯛も春に旬を迎え、身質が締まりつつもふっくらとした甘みを感じられます。皮目をパリッと焼き上げるだけで、立派な一皿になります。
筍も外せません。土の香りをまとったあの瑞々しさ。下処理を丁寧に行い、シンプルに焼くだけでも春を感じる一皿になります。出汁のような繊細な旨味があるからこそ、合わせるソースやワインの選択も楽しくなる。
こうした季節食材を中心に、メニューは徐々に春仕様へと変わっていきます。重厚で力強かった冬の料理から、軽やかさと透明感を感じる春の構成へ。とはいえ、ただ軽くするわけではありません。味わいはしっかりと、でも重たくない。そこを大切にしています。
そして、新しいメニューも登場します。
茨城のウズラ。小ぶりながらも味わいが濃く、火入れ次第で驚くほどジューシーに仕上がる食材です。繊細でありながら野性味も感じられるそのバランスは、春の食材ともよく合います。軽やかなソースと合わせるか、あえて旨味を重ねるか。今まさに試作を重ねています。
もう一つの主役は、和牛とフォアグラのパイ包み。クラシックなスタイルですが、季節に合わせて構成を見直しています。重厚なだけではなく、春らしい抜け感を持たせる。サイドには山菜やアスパラを添え、ソースは旨味を凝縮しながらも重たくなりすぎないように。特別な日の一皿として、自信を持って出せる仕上がりを目指しています。
春は出会いと別れの季節。卒業や入学、異動や新しい挑戦。そんな節目のタイミングにふさわしい料理を提供したいと思っています。現在、春の季節のイベントも考え中です。山菜や筍をテーマにしたコース、貝類と春魚を中心にしたペアリング会など、季節をしっかり感じてもらえる内容を構想しています。
そして忘れてはいけないのがワインの変化です。
季節が変わると、自然と選びたくなるワインも変わります。冬は力強く、熟成感のあるタイプを中心に揃えていましたが、3月からはラインナップも春へとシフト。華やかな香りの白ワイン、フレッシュでミネラル感のあるタイプ、軽やかだけれど旨味のある赤ワインまで幅広く取り揃えています。
例えば、貝類や真鯛には華やかなアロマを持つ白ワイン。山菜やアスパラには、酸がきれいで余韻に旨味を感じるタイプ。茨城のウズラには、軽やかさの中に芯のある赤ワイン。和牛とフォアグラのパイ包みには、熟した果実味と旨味を併せ持つしっかりとした一本を。
華やかなワインから、旨味のあるタイプまで。その日の気分や料理に合わせて選べるよう、グラスワインも充実させていきます。春は、ワインが一番楽しい季節かもしれません。
料理とワインは、季節を映す鏡です。
3月はまだ寒い日もあります。でも確実に春は近づいている。その微妙な変化を、料理とワインで表現していきたいと思っています。
季節食材を味わいながら、ゆっくりとグラスを傾ける時間。山菜のほろ苦さ、アスパラの甘み、貝類の潮の香り、青背の魚の軽やかな脂、筍の土の香り、鰆や真鯛の繊細な旨味。そして茨城のウズラや和牛とフォアグラのパイ包みといった力強い一皿。
冬から春へ。
その移ろいを、一皿一皿に込めていきます。
新しい季節、新しいメニュー、新しいワイン。
春の始まりを、ぜひ感じにいらしてください。
